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既成概念にとらわれずに挑戦し続ける凄腕社長の「人と会社の創り方」

有限会社エスポアールの鈴木信善社長をご紹介します。札幌市内の3エリアで読売新聞の販売店を経営している凄腕経営者です。 現在、新聞販社の仕事を一変させるパワーを持つ「クラブエッセンス制度」を実施、他地域展開を始めていて、私はそのお手伝いをしています。

新聞業界は右肩下がりと言われています。インターネットが生活に浸透したおかげで、新聞購読率は都心では50%を下回る地域があるほどです。 特に、若年層の新聞離れはひどく、彼らが大人になるころには、新聞の置かれている状況は大きく変わっていることでしょう。

さて、そんな新聞業界の状況を見れば、その販売店はさぞかし窮地に追い込まれているのではと思いますが、鈴木社長の販売店は素晴らしい業績を上げ続けています。 しかも、北海道新聞のシェアが圧倒的な札幌エリアで、読売新聞で勝負をしているのです。
その秘密は、有限会社エスポアール様のサイトをご覧いただくとして、今回は、鈴木社長に、決して楽ではない環境下で経営をし、仕事に夢を持てなかった従業員をいかに教育し変えていったかについてお話をいただきました。

鈴木社長のお話を紹介する前に、これまでの経緯を紹介したいと思います。

私と鈴木社長との出会いは8年前になります。僭越ながら社団法人札幌青年会議所で例会の講師を務めさせていただくことになり、その時の理事長が鈴木社長でした。
当時私は35歳。鈴木社長は5つ上の40歳。200名を超える札幌JCのトップであり、その強面の風貌からは、他にない迫力を感じたことを覚えています。
とはいえ、私も独立直後で意気揚々、血気盛んの時期であり、その迫力に負けまいと頑張りました。 おそらく実力以上の力が出せたのでしょう、鈴木社長はそんな私に興味を持ってくださり、それからは公私共々お付き合いさせていただくようになりました。
鈴木社長は、出会った当初から現在に至るまで、その思考軸にブレがありません。後輩を思い育てるやり方も、旧態依然とした新聞業界にモノを言う態度も、全く変わりません。 いつ会っても何度会っても、学べることがたくさんある人です。
今回も、雪まつりの時期に札幌を訪れ、インタビューをさせていただきました。

クラブエッセンス制度

皆さんは新聞を何年間とっていますか?
すごく長い間、新聞をとっているのに、考えてみれば新聞社にとってすごい優良客なのに、何のサービスもないことに不満はありませんか?
一方で、3ヶ月等の短いスパンで契約をしては、お米や洗剤をもらっている短期契約者もいるのです。新聞販社は、読者獲得のために、こうした拡材をばら撒いているにも関わらず、 優良客であるはずの長期契約者は放ったらかしだったのです。
そんな矛盾に立ち向かい、新聞社が本当に大切にしなければならないお客様=長期契約者に対して、スペシャルなサービスを提供する のがクラブエッセンス制度です。
新聞販社に勤める従業員の手作りのおもてなしが詰まったメニューの数々で、読者と販社の距離が近づき、新聞販社は街のコミュニケーター、動くコンビニとなるのです。

驚きの連続。大手企業から故郷の新聞販社へ。

株式会社エスポアール 代表取締役社長:鈴木信善氏
五十嵐:鈴木社長は東京でのサラリーマン生活を経て、故郷の札幌に戻り、全く未経験の新聞販売店というビジネスに入ったのですよね。その時の心境について教えてください。
鈴木:東京では、NTTの本社で働いていました。そこでは全国規模のビジネスを任されていたので、扱う額も大きく、マッキンゼーなどの大手コンサルティングファームなどとも仕事をしていました。 転勤も部署移動も頻繁にありましたが、常に与えられたフィールドで全力を尽くす。自分で言うのもなんですが、とても充実したサラリーマン経験をさせてもらったと思います。
嫁の実家が新聞販社をやっていて、僕が30歳の時に義父の死亡に伴い後を継ぐことになりました。最初は驚きの連続でした。まず何よりも働いている人の意識が低い。 彼らは自分の働いている職場をバカにして、こんな職場に来たくなかったと平気で言っていました。給与規定はなし、社会保険に未加入、職場内でのケンカやイザコザなんか日常茶飯事。挙句の果てに、自分の子供に自分がどこで働いているか話そうとしない。 彼らにとって、新聞販社で働いていることは、恥ずかしいことであり子供に隠したいことだったのです。そんな職場環境では、未来はないと思いました。
そこでまず考えたことは、「普通の会社にしよう」ということです。働く環境整備からスタートし、古い体質を変えて当たり前の会社にする。自分が働いている会社を、胸を張って自信をもって言えるようにしてやる、と決意しました。
五十嵐:サラリーマン時代とは全く違う環境で苦労はありませんでしたか?
鈴木:確かに、大企業からおもいっきり零細企業。パソコンどころか机もない。全員私服で、小さい所帯なのに仲間意識はゼロ。 「スゲェところだなぁ」と思いました。これまでの勧誘に対するイメージの悪さからお客様から嫌がられることはあっても好かれることはない。そんな環境では、やる気は出ません。 さらに、賃金も安い。20年働いても、月収が20万円もいかない。しかもその基準となるものもない。ないないづくしで、俄然やる気が出ました。 仕事のやりがい、報酬、各種の規定等あらゆる面で改善が必要でした。でも、良いこともありました。それは、頑張れば“変わる”ということです。 サラリーマン時代は、極端なことを言えば「やってもやらなくても給与は変わらない」。 でも、小さい会社では、やればやっただけ、成果を上げれば上げただけ、給与や役職を上げることができる。そういった自由さ、成長の余地はありました。
五十嵐:とはいえ、そんな高い志を持った鈴木社長に対して、周囲の抵抗もあったのでは?
鈴木:抵抗なんて生易しいものではありません。なにしろ、新聞業界をまるで知らない30歳そこそこの私が、社長としていきなり現れたのですから、四面楚歌状態です。 おまけに、「業界を変える!! 北海道でNo.1になる」などと息巻いているのだから、先代時代の社員は「ふざけるな、このクソガキ」とあからさまに抵抗感を示す人もいたし、飲み会ではいつも罵声や怒号が飛びあい潰しあいのバトルで完全アウエー状態です。 当時有名な話ですが、業界の同業者の中で私が1ヶ月で辞めるか3ヶ月か6ヶ月かで賭けをしていたほどです。

負けず嫌い…改革17年。

株式会社3rd Place講師 五十嵐健
五十嵐:それでも、根気よく従業員を説いていき、小さな成果を重ねていったのですね。鈴木社長がそこまで頑張れた理由は何ですか?
鈴木:一言で言うと負けず嫌い。しかも、若くて生意気な盛りだった。サラリーマン時代も人に負けないということは常に思っていました。 プライドも鼻っ柱も強かった。全く違う分野への転身でしたが、「誰にもの言ってるんだ!俺様だぞ!俺は何をやっても成功するんだ」と本気で思っていました。
五十嵐:多くの成功者には負けず嫌いの人が多い。その中でも鈴木社長は際立っています。何がそうさせたのですか?
鈴木:サラリーマンになりたてのころ、北海道の辺鄙(へんぴ)な支店でこんなことがありました。 ヤンキー(死語です)の先輩達がある時こういうのです。「鈴木、1,000円渡すからタバコ買ってこい。お釣り返せよ」と。 でもそのお金は、チラシの裏に手書きで1,000円と書いた偽札にもならないものでした。当時の先輩はひどかった。その時僕は心の中でこう思いました。「こいつら絶対に見返してやる」。 サラリーマンで見返すということは、その先輩よりも偉くなることです。そのためには勉強し、仕事でもきっちり答えを出す。主張すべきは主張し、やるべきことは徹底してやる。 徒党なんて組まないで一人でやってやると誓ったのです。
五十嵐:鈴木社長はこれまでどんな方から学んできたのですか?
鈴木:札幌に戻って青年会議所に入ったとき、何人かの先輩から貴重な教えをいただきました。 特に、覚えているのが「社会に常に当事者として関心をもて」と言ってくれた2人の先輩です。彼らとのやり取りから、私は多くの学びをいただいたと思っています。
「政治についてどう思うか?」と聞かれて、「政治に関心がない」と言ったら、しこたま怒られる。「お前みたいなやつが日本をダメにしている」と言われ、真剣に怒られる。 そんな感じですから、私も日本の政治について調べます。客観的に日本はどういう方向にいっているのかを理解するためにデータの収集をしたりします。 ほどなくするとまた聞かれます。「思想の合う政治家はいるか?」「どういうところに共鳴しているのか?」…答えられないと、またいろいろ調べます。 その時にまた行動原理みたいな話しで諭される。「考えたことのないことを考える。やったことのないことをやる。 会ったことのない人に会う」夢を現実にするために一人の人間として何をやるべきか問われる。さらに本質的に長期的に多角的にものを見る。 世の中の原理原則は何なのかというのを常に追求するという姿勢を徹底的に叩き込まれました。その二人は、読書家であり勉強家であり行動する起業家でもあり、ものすごく刺激を受けました。 そうやって、先輩から怒られ、時には反発しながら、懸命にキャッチアップして、いろんなことを考えるようになりました。
五十嵐:鈴木社長は知的好奇心の塊ですね。私も、以前、大前研一さんから「知的怠惰になってはいけない」と言われたことがあります。 いろんなことに対して、“自分ごと”として関心を持つことが、自己成長には大切ですよね。
さて、今度は、鈴木社長が教える側。社員教育について聞かせてください。
鈴木:新聞販社は、本社から送られてくる新聞を配るのが仕事です。しかし、来たものをただ売るだけでは、企業とは言えないと思います。 そこで思考停止しては、何も変わらない。自分達のビジネスや将来展望を誰かに委ねるなんておかしい。「どうなりたいのか?そのためには何をしなくてはいけないのか?お客様は何を 望んでいるのか?」既存の枠組みを取りはらって、一から考え直し社員とディスカッションを頻繁に行ないました。良くも悪くも私は頑固者のワンマン社長。最初はイヤイヤ参加していた従業員も、 私がやると言ったら絶対にひかない性格だとわかっているので、あきらめモード全開です。「やるのか、やらないのか。働くのか、辞めるのか。」 この会社に傍観者や評論家なんかいらない。真剣に前向きにひた向きにやる人でなければこの会社にいる価値がない、くらいの気迫でやりました。辞める人もいましたが、 成長の過渡期には仕方がないと割り切り、信念を曲げずに言い続けました。
五十嵐:そして、最終的には新聞販社の仕事の仕方に一石を投じるような制度の開発に辿りついた。
鈴木:そうですね。今、私は47歳です。30歳でこのビジネスを始めて17年。 制度ができて5年。作成期間が2年としても、最初の10年間はひたすら新聞社の方針に基づき突っ走ってきた感じです。 それとともに並行してJC活動もあった。仕事もJCも一区切りがついて、さてこれから何をしていこうかとじっくり考える時間が出来ました。 世間ではCSCSと叫んでいるけど、自分達の環境の中で求められていることは一体何だろうと自問自答していました。 悶々としていた時に、もっとシンプルに発想し原点に返ろうと思ったんです。その年の方針はまさしく「Back to the Basic」。 昔は粋がって「新聞販社はディーラーだ」みたいな変に形にこだわっていたけれど、しょせん自分は新聞屋。考えたら世の中なんて何とか屋の集まりだと気づいたんです。 そう考えるとすっと気持ちが軽くなって、「まちの皆様に愛される新聞屋になろう」と決心しました。そこから、何をすると愛され喜ばれるのかと発想し、この会員制度が生まれてきました。 目からうろこと言いますが、今までの自分達の仕事と全く逆なことをやればいいんだと考えると、どんどんアイデアが出てくる。 この制度のおかげで、社員は皆、自信と誇りを持って仕事をするようになりました。
五十嵐:それは、確かに見てとれますね。彼らは、鈴木社長を怖い怖いといいながらも、とても楽しそうに働いている。それから、お店の雰囲気がすごくいい。 環境も、まるでおしゃれな喫茶店のような感じです。新聞販社のイメージが変わりますよね。

従業員には厳しく、しかし最高の教育と労働環境を。

株式会社エスポアール 代表取締役社長:鈴木信善氏
鈴木:私がこの仕事に就いた時、会社の建物は築40年の木造2階建で、いかにも新聞屋というボロボロの賃貸物件。 事務所は畳の上にスチールの机を2つ置いて、家庭用の電話が一台ありました。そして、事務所に襖があって、何とその戸をあけると社員の部屋。 書庫がないため押し入れにカラーボックスを入れて顧客情報などを保管。前の会社とあまりの違いに絶句したのを覚えています。
社員が胸を張って働くためには、早い段階で自社ビルを建てるしかないと思い、4年で実現しました。 まずは形から見直したわけですが、その後は魂を入れること。「こっちはやることやってんだから、お前らもみせてみろ」と言わんばかりに厳しく接する。 妥協することなくトコトンやっつける。罵声怒号なんて日常茶飯事。そして、仕事に責任感を持たせるために、それぞれ担当者を決めて企画から交渉、実行と全て任せます。 そのかわり一度手をつけたものは、どんな困難や壁にぶつかっても途中で投げ出すことは絶対に許さない。たとえ結果がダメであっても最後までやり遂げさせる。 その苦労を乗り越えると反省や改善点に気付き、やりがいが生まれます。そうした積み重ねが自信につながっていくんだと思います。 そのかわり私は、社員からいつも嫌われ、鬼社長と呼ばれています。
五十嵐:鈴木社長の厳しさは、JC時代にも垣間見たことがありますし、現在も変わりませんね。いや、少しは優しくなりましたか。
鈴木:少しどころか、体とともにかなり丸くなりました。 30代はとんがっていましたが年とともに周りを見渡す余裕ができたのか、多少は人の気持ちがわかるようになりました(笑)  しかし、酒を飲むと昔とあまり変わらないのが欠点です。だけど、この頃は24時を過ぎると眠くなるし、お酒も弱くなり「あー、俺もオッサンになったなぁ」とヒシヒシと実感しています。
五十嵐:昔は、一緒にお酒を飲みにいって、朝まで語り合って…。 それがコミュニケーションの一つの形であり、上司や先輩から多くを学ぶ機会でしたが、時代に合わせて変えていかなければいけませんね。
では、最後に、鈴木社長の経営感について教えてください。
鈴木:会社が最終的に追求することは、「社会への還元」なのだと思います。 そのためには当然、社員にも還元し、この会社にいて良かったと満足度を上げなくてはなりません。 根底には、私たちの会社を支えてくれているお客様から信頼や信用を勝ち取り、ともに感動を共有できる関係なくして全てが成り立ちません。 また、自分たちができる限りの恩返しを社会にしていかなくてはならないと思っています。 少子高齢化や地球温暖化で世の中を取り巻く環境は厳しさを増していますが、自分たちの子どもの世代やさらに孫の代でも持続可能な社会を残していくために、私たちに求められている責任は重いのだという発想が必要だと思います。
五十嵐:様々なお話から、鈴木社長の気迫が伝わりました。本日はありがとうございました。
有限会社エスポアール
北海道札幌市厚別区厚別南6-13-20
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